ふと自分の釣り人生(大袈裟だけど)を考えてみる。

どうも!
イチオシのヤクルトスワローズがCS進出を逃し意気消沈!
挙句にハゼ釣りに行こうと思っていたけど天気が悪くて朝から不機嫌な『たけ千代』です!

学生時代は勉強が大嫌いで、まぁ~!成績が下から数えた方が早かったです^^;
『好きこそ物の上手なれ』
よく言ったものです。
人間って不思議なもので、嫌いなはずの勉強も好きな趣味のことだと言われなくても勉強するし、下手すりゃ勉強しなくても覚えるんですよね。
私も仕事で教える立場にあったことがありましたが、「覚えなくてもいい。頑張らなくてもいいから、興味と疑問の2つだけを持ちなさい」と教えたものです。
興味が出れば自然と疑問を持ちます。
興味があれば疑問について解決しようと調べます。
興味があるから自然に覚えます。
結局、好きなことは教わらなくても自分で調べるし、覚えようと思わなくても覚えるもんです(笑)

さて、釣り人生とか大袈裟な表題ではありますが『なんでオレ、釣りしてるんだろう?』とふと思ったので振り返ってみました。
振り返ってみたらなかなか、長いこと釣りしてるんだなと思ってw
こんなに長く続いてるものはなく、まさに『好きこそ』です。

たけ千代は、某年に東京は世田谷区に生まれました。
両親とも東京の生まれでいわゆる田舎というものは知りません。
母の実家は隣、父の実家は引き払われていましたので。。。
幼稚園や小学校の夏休みってみんな田舎に行ったとか旅行に行ったとか思い出があるもんですよね?
ところがたけ千代、親の田舎がないねん。。。
徒歩5秒のところに母の実家ありだし(笑)
田舎ってなぁに?虫捕まえるって、田舎の周りもうちの周りと居る虫は一緒だし!
そんな幼少時代を過ごしました。
そんなたけ千代少年に転機をもたらしたのは愚弟の誕生です。
3歳を前にして実家に兄を預けたということもあり私は単身、埼玉の親戚に預けられました。
およそ1ヶ月。父は仕事があったので見舞い(?)に来ることもなく一人で。
伯父は救急体隊の隊長をやっており、普段は家に居ないか夜勤明けで寝ており、隊長ということもあり非常に厳しい人でした。
(今でも伯父は恐怖の存在です。。。)
そんな伯父の唯一無二の趣味は釣り。
家の裏の河川で釣をするのは休みの日課でした。
(ちなみに私の父は釣りをしません。仕事人間で仕事が趣味の人間です^^;)

前の晩、伯母に『明日はお父さん(伯父はお父さんと呼ぶようにしていました)は夜勤明けで休みだから遊んでもらいなね^^』と言われて床につき、朝には従姉弟たちを小学校に見送る。
従姉弟を見送り、朝食を食べてクスノキのカブトムシやクワガタを見に行ってから帰ると伯父はもう起きていて家には居ません。
クスノキチェックは朝と夕方と夕飯後にするのが日課でした。
『お父さん、裏の川に釣りに行ったから焼きおにぎりのお弁当を持って行ってくれる?』
休みの楽しみで伯父は裏の川でフナ釣り。
伯母は子どもたちを見送ったあとに伯父の弁当を作って私に持たせる。
伯父の機嫌がいいときなのか、釣れないときなのかは家と河の間の田んぼの用水路でメダカの学校の観察。
東京では全く見たことのない光景で驚きでした。
従姉弟たちが下校すると近所の保育所の庭で遊んでもらい、夕方のクスノキチェックをして帰宅。
田舎(?)のデカイ風呂ではしゃいだ後に夕飯、就寝の毎日

兄と違ったのは、預けられた場所が自宅から遠く家族と全く会うことがなかったこと。
ある日、伯父にいつもの通りに弁当を持っていくと『竿持ってみるか?』と。
いま思うと伯父は祖父が作ったものなのか和竿を使っていたように思います。
そんなもの、3歳の子供に使わせる訳もなくいつも横に座って少しだけ見ていました。
『あ、お父さん!また釣れた!!上手だねぇ~』って。
これが私の釣りデビューの日です。
持ち重りのする竿を両手で持ち、『ほら、お魚がご飯食べてるよ!』と言われ、見よう見まねのアワセを入れ。
釣れたのはフナの一荷。『お~!上手だなぁ!!2匹も釣れたよ!!』

これが嬉しくて小学校に入ってから小遣いをためて安物の竿を買い、チャリンコで多摩川まで走って鯉を釣り。
中学は部活に明け暮れましたが高校で再び多摩川の鯉釣り。小遣いを握りしめ海へキス釣り。
就職してバスやクロダイなどを追い続け(クロダイ竿は伯父制作)、伯父が船釣りをしていて必死で勉強して一緒に船釣りへ。
免許がない伯父を送り迎えして何度か同行しました。

私が結婚する頃は伯母は大病を患い入退院の繰り返し。
ダメ元で仲人をお願いに行くと『お前が結婚するんだもん。先生にムリ言ってでも退院して出席するよ。』と出席してくれました。
結婚式の当日に体調を崩し、その日の夕方に再入院。
『大丈夫だから、少しだけ疲れただけだから』
と見舞いも断られ私たち夫婦は新婚旅行へ。
『今頃飛行機の上かね?いい結婚式だったし出席できてよかったよ。』
翌日、伯母はなくなっていました。
言えば旅行を切り上げて返ってくるからということで伯母に会うことも出来ないまま。。。

伯父は今でも健在です。
伯母がなくなってからも正月やジャガイモ掘りの時期などには行っていましたが、頑張り屋な伯父は行くと饗すために何日も前から料理を仕込むので負担が大きいからとご無沙汰のなり数年。
高齢なので孫の世話と体力的な理由から釣りはしていないようです。
そんな叔父と叔母に教わった釣り。
結婚したあともクロダイを追い続け3年掛けて初めての1枚をあげました。
43cmの黒鯛で釣った直後は腰を抜かして立ち上がることすら出来ませんでした。
従兄弟(伯父の子)に教わってへらぶな釣りも何年か前にはじめました。
伯父も大好きなへらぶな釣り。初めて行った帰りに伯父のもとへ挨拶に。
『初めてのヘラブナはどうだった?』って問に『○○枚上げたよ!』って答えたら
『そりゃそうだろ。お前に釣りを教えたのはオレだぞ!それくらい釣れないでどうするんだよ!!』って喜んでくれて夕飯を食べに連れて行ってくれました。
タナゴを釣ったり、ハゼを釣ったり、テナガエビを釣ったりと落ち着くこともなくいろんなことをやってますが、その源流にはいつも伯父が居て、伯父が教えてくてた釣りがあるから今の自分が居るのかなって思います。
釣りがなかったら、仕事のストレスやプレッシャーに潰されていただろうし、自分の仕事の目標を達成できることもなかっただろうし。

伯父ももうかなりの高齢で船での釣りや長時間の移動は厳しいけど、健在のうちにまた竿を並べて釣り談義に花を咲かせ、酒を酌み交わしながら二人で釣った魚を食べたいな(^-^)
いつまでも元気で300歳位まで怖い伯父のままで有り続けて欲しいです。



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by takechiyo0617 | 2016-09-20 11:15 | 日々のこと | Comments(0)

釣りのことや日常を何となくメモする程度に綴るラフな日記です。


by たけ千代
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